「一体何なんだよ。俺がオンナとどこでなにをしようが、おまえには関係ないだろ!」


雅樹の手を振りほどくと、吐き捨てるように信太郎は言った。


「関係あるからこうやって言ってるんだろ!」


それでも彼はなおも腕を掴んでくる。


「離せって!」


「信太郎!わかってるんだろ?なっちゃんの気持ちを!だったら…」


「……」


「おまえが誰と付き合おうがそれは勝手だよ。だけど、なっちゃんの気持ちを知ってて、傷付けるようなことはしないでほしいんだ」


遠くで大型汽船の汽笛が鳴っている。


重苦しくて、しかしどこか懐かしげなその「音色」。


昔から変わらないその音に、二人の青年の間で言いようのない複雑な感情が入り乱れる。


「…わかったよ。わかったから離してくれよ」


「ありがとう…」


安心したように笑う雅樹を見て、信太郎は嫉妬している自分に気付いた。


「今日のことは、なっちゃんは見てないから」


「……」


助かった、とでも言うべきなのだろう。



確かに駅の改札口で、信太郎は綾乃にキスをした。


ためらう彼の心を見透かすような、あの時の綾乃の瞳。


心を読まれているようでたまらなくなった信太郎は、滑らかな頬にかかる髪を指でそっと優しく払うと、膝を折って唇を重ねたのだった。