「入るぞ」
返事を待たずに、克彦はノブを回した。
「ちょっとお父さん!ノックくらいしてよね!」
勉強机に向かったまま、夏海が怒る。
「ああ、すまん、すまん」
「普通なら年頃の娘の部屋なんて、入らせてもらえないんだからね!」
「わかった、わかったよ」
軽く手をあげて、父は苦笑する。
昔は一人で寝るのも怖がって、夜中に必ず自分の布団か、武子の布団にもぐりこんできていたのに…娘の成長に嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになった。
「今日、山下先生から電話があってな」
夏海は「あのごま塩、肝心なことはしないくせに余計なことばっかりして」と悪態をつきながらペンを置いた。
「夏海、おまえは本当に大学に行かなくてもいいのか?」
「行ったからって、就きたい職業ないんだもん。惰性で大学行くなんてまっぴら、時間とお金のムダ!とりあえず信用金庫にでも入って、窓口で愛想ふりまこうかな」
彼女らしくない、どことなくひねくれた言い方だった。
「でもな…」
バンッと大きな音を立て辞書を閉じると、夏海は座ったまま父を見上げた。
「だいたいお父さんだって進学しなくていいって言ったじゃん。今さら何?」
ああ、やっぱりな、と克彦は気まずそうに頭をかいた。
「いや…おまえが思いのほか勉強がよくできるらしいから、父さんだってそれなら…ってな…」
歯切れの悪い父親に夏海は噴き出した。
「思いのほか…って失礼じゃない?きっとお母さんに似て頭いいんだよ、私」
「父さんだって豊浜一の秀才って言われてたんだぞ」と負けじと言い返す克彦。
「嘘ばっか。信ちゃんのお父さんも同じこと言ってたよ」
「あいつ…」
「揃いも揃って、よくもまあそんな恥ずかしいことを堂々と言えるよね」
ケタケタと笑う娘につられて、克彦も声を出して笑った。


