「おお、佐々倉。座れ、座れ」
汚い机の前にスチール製の丸椅子を持ってくると、山下は手招きをした。
「失礼します」とスカートに座り皺ができぬように気をつけながら、夏海は腰を下ろした。
「すまんかったな、彼氏と帰るとこを邪魔して。特進クラスの確か…辻本っていったけな、あいつ」
さすがに彼は成績優秀なだけあって、違うクラスの担任にも名前を覚えられている。
夏海は「彼氏じゃないのでおかまいなく」と言ってやりたかったが、じゃあなんでいつも一緒に帰ってるんだとか、そういうテの話に食いついてくる山下の性格を面倒だと考え、「いえ」とだけ答えた。
「ところでおまえ、この間の模試の志望校記入欄、空白のままだったけど…なんで?」
生徒の模試結果をまとめたファイルを探しているのだろう、ガサガサと机の上をかき回すが、いっこうに見当たらない。
それにも本の山脈は持ちこたえている。
たいしたバランスだ、と彼女は感心した。
山下はファイルをあきらめ、夏海に向き直ると、「なんで?」と間の抜けた声でもう一度訊いてきた。
彼女はこの担任が嫌いではない。
かといって好きでもない。
坊主頭で、ごま塩を振ったような髭が口周りをぐるりと囲んでいる。
愛嬌のある顔をしているが、今は話の内容が内容だけにひたすらうっとうしく感じる。
「進学をするつもりがないからです」
夏海はきっぱりと言うも、山下はバカの一つ覚えのように「なんで?」と繰り返した。
苛立ちを感じながらも、「高校を卒業したら地元に戻って就職するつもりなので」と答える。
「地元って…」
山下はまた散らかった机の上をあさりだした。
名簿を探しているらしい。
担任なら生徒のことくらい把握しといてよね、と夏海は内心呟きながら「豊浜です」と答えた。


