「愛してる」、その続きを君に



気がつけば梅の花が咲いていた。


朝、家を出た時の寒さに身をすくめることが少なくなった。


吐くたびに顔にまとわりつく息の白さが、だんだん薄くなっていった。


確実に春が来ていることを、夏海は身体中で感じる。


あっという間だな、と思う。


小学生の頃は一日一日が長くて、大人のよく言う「時が経つのは早い」という言葉が信じられなかったものだが、今ではそっくりそのまま同じことを呟いている自分に笑ってしまう。


相変わらず信太郎とは一言も口を利いてはいない。


そして相変わらず放課後のいつもの時間に、雅樹が廊下側の窓から顔をのぞかせる。


「なっちゃん、帰ろっか」と。


「うん」


夏海がいつも通りに頷いて鞄を手に取った時だった。


教室の後ろのドアから、山下という40代半ばの男の担任が彼女を呼び止めた。


「佐々倉、ちょっと職員室に来い」


それだけ告げると、山下はパタンパタンとだらしなくサンダルを引きずりながら歩いていく。


「ごめん、マーくん、そういうことですから」と夏海が鞄を机横のホックにかけなおすと、雅樹も「了解」と指でオッケーサインを作った。



職員室に足を踏み入れると、彼女は生暖かく澱んだ空気に一瞬顔をしかめた。


降ろしたブラインドの隙間からは西陽が射し込み、黄ばんだ壁にオレンジ色の横縞を作り出す。


山下の机は職員室の一番奥だ。


教科書や参考書、プリント類がうず高く積まれた雑多な灰色の机たちを横目に、夏海は担任のデスクを目指した。


山下の机上は周りの教師のそれ以上に、雪崩れ落ちんばかりのプリントや辞書が折り重なっており、一種の山脈を築いていた。


少しでもバランスを崩すと、隣への被害は免れないだろう。


こんなところで仕事ができるのだろうかと、いつも思う。


英語教師の彼は家業の寺を継ぐために、そろそろ学校を辞めるという噂があった。


住職で英語ができたら海外進出も夢じゃないよね、と入学して間もない頃はよくそんな冗談を友達と言ったものだが、今は話題にものぼらない。


話が出ても、新学期にはやめるのだろうか、それだけだ。