「愛してる」、その続きを君に



「お兄ちゃん、星座早見盤の見方がわかんない」


小学校高学年の男の子が信太郎のジャケットの裾を引っ張った。


「おお、よし、どれ?」


懐中電灯で早見盤を照らしながら冷たいビニールシートの上に座る。


「いいか、まず今日の日付と時間を合わせて…」


そんな彼を綾乃は遠目から見ていた。


『ほら、ナツ。見てみろ』


とても自然に、いかにも呼び慣れているように言って自分に向き直った信太郎の顔が、あまりにも無邪気で、そして憎たらしいほどに無防備だった。


きっと心許せる人にだけ見せる、彼のあんな表情。


「ナツ」と呼ばれた人だけが知っている、その顔。


しかし今夜、綾乃も彼がそんな顔をすることを知ってしまったのだ。


間違って彼が呼んでしまったことで、「ナツ」だけのものであった、飾らない彼を。


あんなふうに自分に向けて笑いかけてくれたことなんてない。


「ナツ」って一体どこの誰?


あなたにとってその人はどういう存在?


訊きたいことは次から次へと溢れ出てくる。


でも怖い、訊くのがとてつもなく怖い…


そんな硬くなった綾乃の肩を軽く叩く人物がいた。


「どうしたんだい、天宮くんの手伝いをするんだって張り切ってたじゃないか」


「お父さん…」


ふっと全身の力が抜けたように、綾乃は大きく息を吐いた。


「私には無理よ」


いろんな意味をこめて、彼女は呟く。


彼の役に立つことも、彼に自分だけを見てもらうことも、無理なことなのかもしれない…そんな思いでいっぱいだった。


「まぁ、そう言わずに彼にこれを持っていってあげなさい」


娘のそんな様子に何かを察したのか、児玉は紙コップに入ったコーンスープを手渡した。


夫人がいつもサークルが催される日に差し入れてくれるものだ。


コーン特有の甘い匂いが湯気とともに立ち上る。


「うん…」


冷たくなった手にじんわりと伝わるスープの温かさに、綾乃の気持ちも少し落ち着いた。