雅樹が医学部を志望するには訳があった。
夏海に胸を張れるような職業に就きたい。
彼女のことだ、どんな仕事でも喜んでおめでとうと言ってくれるだろう。
気がつけば、いつも彼女が一番近くにいた女の子だった。
小学3年生の時に、雅樹は東京から豊浜に父親の仕事の都合で引っ越してきた。
F木材工業の本社から豊浜支社の工場長として、つまりは夏海や信太郎の父親の上司として雅樹の父は赴任してきたのだ。
転校してきたばかりの雅樹は物静かでずば抜けて頭がよく、持ち物も身につけている物も、周りとは格が違った。
それだけでも豊浜の田舎っ子を遠ざける要因は十分だった。
その上、F木材工業は豊浜の雇用を担う大手であり、そこで働く豊浜の人間は自分の子どもに、雅樹に対して「粗そう」をしないようにと言い含めていた。
自ずと彼からみんな離れていく。
しかし、そんな時夏海と信太郎が言った。
「一緒に帰ろう」と。
そしてこうも言った。
「おすまししてても、ここでは友達はできないよ」と。
それから毎日雅樹は泥だらけになり、体中をすりむいて遊んだ。
こんな世界があったのかと思うほどに毎日がわくわくしたが、彼の母親は、野蛮人みたいだ、といい顔をしなかった。
次第に夏海や信太郎を煙たがるようになり、妹の遥が彼女を慕うのをあからさまに嫌がった。
でも誰がどう思おうが、夏海が好きな気持ちに変わりはない。
母親を病気で亡くし、時折その寂しさをひとりで耐えている姿が痛々しかったのを覚えている。
早く大人になりたい。
大人になれば、誰にも文句を言われずに夏海を守ってやることができる。
傷付いたその心を癒してやることができる。
だから医学部を目指す。
彼女から母親を奪った「病」というものに打ち勝ち、敵をとってやりたい。
そのためには必ず医者になる。
周りからしてみれば、なんてバカな動機だ、と笑われるのは彼自身承知だ。
でも彼は思う。
不純な動機ほど純粋なのだ、と。
その上、彼女が好きなのだ。
どうしようもなく好きで仕方ないのだ。
恋の魔力というものは、あながち嘘ではないな、と雅樹は思う。


