進んでも進んでも途切れるなくやってくる人、人、人。
押し返されているようで、一向に前に進めない。
「おい、どけよ!」
かきわけてもかきわけても、次から次に能面のような顔立ちの人間がこちらに向かってくる。
「どいてくれよ!」
信太郎は力の限り叫んだ。
どんなにあがいても
どんなにわめいても
灰色をした人間が、まるで沸き上がってくるように幾千幾万も信太郎の前に立ちはだかった。
あまりの勢いに、彼は夏海にはもう会えないのではと思い始めた。
あきらめて無数の人の流れに身をまかせようとした時、人混みの向こう側から自分を見つめる若い女に気付いた。
「ナツ!!」
力の限り手を伸ばして、そう叫んだ。
「ナツ、待てよ!俺もそっちに行くから!」
その声が届いたのか、彼女は悲しげに首を横に振ってから踵を返した。
「おい、俺を置いていくな!!」
信太郎は必死に彼女を追いかけようとするも、依然として彼を押し戻そうとする人の群れ。
ふたりの距離がどんどん広がってゆく。
待て!そう何度も叫んでいた信太郎の口から飛び出た悲痛な言葉。
「待ってくれないなら、せめて教えてくれよ!!」
その瞬間、彼を囲んでいた無数の人間が霧のように消え失せた。
恐ろしいほどの静寂が一瞬にして訪れる。
この空間にいるのは、信太郎と夏海だけになった。
肩で息をする彼に、ゆっくりと夏海は振り返った。
「なあ、教えてくれよ…」
震える声で信太郎は言った。
「俺は、どうしても生きなきゃいけないのか」
彼女は何も答えなかった。
ただ優しい、どこまでも優しい笑みを返しただけだった。
それがあまりにつらくて、信太郎は目をそらしてしまった。
ふたりの間にひんやりとした風が通り抜ける。
視線を戻した彼の前に、もう夏海はいなかった。
「ナツ!!」


