長い足をもて余すように歩くと、赤い絨毯がシュッシュッと擦れる音をたてた。
「お待ちなさい!自分には何も残ってないなんて、もしそう思っているのであれば、それは大きな間違いですよ!」
信太郎は追いかけてくる言葉に足を止めた。
ふと夏海の祖母の武子を思い出す。
都合が悪くなるといつもその場を離れようとする彼を追いかけてきて「逃げるんじゃないよ!」と怒鳴った。
この山根という神父も同じことをするんだな思い、自然に口元が緩んだ。
そして背を向けたまま次の言葉を待つ。
「あなたが今持っているものに満足しなさい、感謝しなさい!」
「感謝?」と信太郎は鼻で笑った。
自分には何も残ってない、何も持ってない。
この神父は一体何を言ってるんだ、彼はあきれたようにズボンのポケットに手を突っ込んだ。
背後で山根の立ち上がる気配がした。
こちらを見ているのか、背中に痛いほどの視線を感じた。
俺には何もありませんよ、そう信太郎が口を開こうとした瞬間、山根の澄んだ声が小さな教会に響いた。
「豊かで平和な国に生まれたこと、育ててもらったこと、学校に行かせてもらったこと、人を愛したこと、そして今、生きているということ…」
ふと信太郎は胸が小さく疼いたことに気付いた。
彼は気のせいだと思いたかったが、山根の次の言葉にその疼きが確かなものへと変わった。
「ほら、あなたはこんなにもたくさんのものを持っているじゃありませんか」
「……」
何も答えず、そして振り返ることもせずに、信太郎は足早に小さな教会を後にした。
目頭がじんわりと熱くなるのを感じながら。


