帰りの電車の中、空席が目立つにもかかわらず、信太郎は乗降扉の前に立っていた。
太陽の光を反射した海がまぶしい。
もうすぐ夏がやってくる。
ふと夏海の顔が浮かび、信太郎は見知らぬ駅で電車を降りた。
豊浜とさほど変わらない、田舎の小さな小さな駅。
海の見える誰もいない寂しいホームには、お情け程度のトタン屋根が少しあるだけ。
彼は胸いっぱいに潮の香りを含んだ空気吸い込むと、走りゆく電車の背中を見送った。
加瀬の言葉が頭をよぎる。
愛し続けるということは、なくしたものの大きさを思い知らされること。
もしそれが愛というのなら、自分は夏海を想い続けることができるのだろうか。
あまりにもなくしたものが大きすぎて、自分には到底耐えられない。
加瀬は何もかも悟りきっている。
それは大人だからだ。
それに比べて自分は罪を犯し、大切な人を失って途方にくれた幼子だ。
彼のように、そばにいない人を深く想い続けることなんて、果たしてできるのだろうか。
信太郎は悶々とした気持ちのまま駅を出ると、初めて降り立った町へと歩き出した。
シャッター商店街、その名の通り営業している店はほとんどない。
年寄りがシルバーカーを寄せ合って談笑していたが、信太郎の姿を見るなり、ひそひそと声のトーンを落とした。
こういった田舎町では、よそ者に過剰な反応を見せることがしばしばある。
豊浜も例外ではない。
ここにいる彼女たちが自分のことを知るはずもない人たちだとはわかっていたが、いい気持ちはしなかった。
信太郎は顔を隠すようにキャップのつばを下に押しやりうつむくと、その商店街を足早に通り過ぎた。
あちらこちら穴の開いたアーケードをくぐりぬけた瞬間、これからどうしたらいいのか、とてつもない不安が彼を襲った。
一体自分は何をするべきなのか。
克彦に「いつかは夏海を忘れる」と言われて、反論さえできずにいた自分が情けないし、だからといって何をどうしていいのかわからない。
このままでは何も始まらないように思えた。
豊浜に戻っても、町の無遠慮な冷たい視線にさらされながら生きていかねばならない。
だけど、あそこを離れてしまえば自分の犯した罪の意識が薄らいでしまいそうで怖い。
人の命を奪ったことすら「過去」にしてしまいそうで怖い。


