それでも怖じ気づいた様子を全く見せない彼女は、彼を見据えたままこう言った。
「夏海さんがね、言ったの」
ぴたりと信太郎が足を止めた。
かまわずに続ける綾乃。
「彼女ね、『私たちの愛してる、その先の言葉を聞きたい、未来を見たい、感じたい。なのに私にはその続きを夢見ることすらできない』って、そう言ったのよ」
「続き…ナツがそんなことを…」
カサカサの信太郎の唇が震えた。
「そうよ、あなたたちふたりが大切に育ててきた想いの続きよ、未来よ!あなたは一体どう考えてたの!」
「俺は…」
「彼女とどう生きていこうと思ってたのよ!」
突然そんなことを訊かれても答えられるはずもなかった。
漠然とずっと一緒にいられるものだとばかり信じて疑わなかったから。
あの事件以来、彼の中で未来という概念が無に等しくなってしまったから。
今、綾乃に問われて考える、ふたりが育んできた想いとその未来。
ふと、幼い頃の自分たちが目に浮かんだ。
ランドセルを背負ったふたりが、笑い声をたてながら坂をかけ降りてゆく。
それが中学、高校とお互いを気にしながらも、気持ちを悟られまいとするシーンへと流れるように移り変わり、そしてこの砂の上で口づけをする男女の姿が現れて、やがて静かに消えた。
その先など、到底想像もつかない。
「ナツ」
息のような声で、信太郎は彼女の名を呼んだ。
夏海が好きだった。
心の底から好きだった。
そして彼女も自分と同じ気持ちでいてくれた…
いや、自分が想う以上に彼女は想ってくれていたに違いない。
信太郎が笑えば、夏海もうれしいと言ってくれた。
信太郎傷付けば、夏海もつらいと言ってくれた。
それなのに事件以降、その何の見返りも求めない深い彼女の想いから逃げてしまった。
あまりにも大きな彼女の愛に、どう応えていいのかわからずに。
そしてあまりにも彼女に申し訳なくて。


