「夏海さん、あなたの思う空と海はそんな悲しいもの?でも私はね、そうは感じないわよ」
彼女はか細い親友の手を握り、何度もゆすった。
まるで霧のように消えてしまいそうな彼女を引き戻すかのように強く。
「海の上には、必ず空があるわ」
その綾乃の言葉に、落ち窪んだ夏海の目が、一瞬潤んだ。
「そうでしょ?いつでもどんな時にでも、海の上には空がある。空が海を守るように包み込んでる」
綾乃は彼女に伝えたあげたかった。
どんな時にでも信太郎があなたのそばにいるのだ、と。
そしてあなたが彼を見ているように、彼もあなたをいつも見ているのだ、と。
だから、弱気にならないで、あきらめないで、と。
「そう思わない?」
そんな綾乃の気持ちを汲み取ったのか、夏海は彼女の目を見ながら、一度だけ大きく頷いた。
「ありがとう、綾乃さん。…ごめん、何か今日は疲れちゃった…休んでもいい?」
そう言い終わるやいなや、ゆっくりと夏海は目を閉じた。
これ以上この話はなしにしよう、というメッセージのように思えた。
綾乃がリクライニングを倒すと、すぐに夏海の寝息が海から吹く風の音と共に、耳をかすめる。
「信ちゃんをお願いね」に対する綾乃の返事を聞かないまま、夏海は眠りに落ちてしまった。
面会時間ぎりぎりまで、綾乃は付き添っていたが、夏海は一向に目を覚ます気配がなかった。
カモメが夕暮れの空を哀しげに啼きながら飛んで行く。
まるではぐれた愛しい人を探し求めるかのように。
紅色の光で包まれる部屋の中、綾乃は静かに泣いていた。
夏海は自分を信頼してくれている。
そして、もうその命が長くないと悟っているのだ。
だからあんなことを頼んだに違いない。
やりきれなさに、綾乃は声を殺して泣いた。
カモメが、また切なげに啼いていた。


