「実はね私、信ちゃんにずっと言ってほしかったことがあったんだ」
何?と訊ねる代わりに、綾乃は夏海の顔をのぞきこんだ。
「私のことを愛してるって言ってほしかった。1度だけでいいから、ドラマみたいにかっこよく言ってもらいたかった」
「言ってもらえばいいのよ、何度でも!聞きあきるくらいに!」
綾乃は必死に訴えた。
だが、夏海は淡々とした口調でこう返してきた。
「でもね、それを言ってもらった後のことを、どうしても想像できないのよ」
「どういうこと?」
「信ちゃんの、愛してるって言葉の続きをどうしても想像できないの。きっと、未来なんてないって、心のどこかでわかってるから、それから先のことを考えられないんだろうね」
愛してるの続き…
それを夢見ることすらかなわない…
なんて絶望的なフレーズなんだろう。
「私たちの愛してる、その先の言葉を聞きたい、未来を見たい、感じたい。なのに私にはその続きを夢見ることすらできない」
綾乃はかけてやる言葉さえ見つからなかった。
夏海とは違って、未来のある自分が何かを言ったところで、きっと彼女にとってはその場しのぎの慰めでしかない。
「それにね、もう信ちゃんのこと、待てそうにないの…」
絞り出すような声が夏海の口から漏れた。
「そんな弱気でどうするの」
「知ってた?私と信ちゃんの間には、あんなふうに水平線があるんだよ」
「水平線?」と綾乃はくっきりと引かれた青の境界線を見ながら聞いた。
どこまでも青い海。
どこまでも青い空。
「信ちゃんは空、私は海。どんなに寄り添いたいと思っても、どんなに相手と同じ色に染まってひとつになりたいと思っても、決してそれは許されない。見て、今も水平線がくっきりと空と海を分けてる」
天宮信太郎が天空。
佐々倉夏海が海原。
「この世の果てまで行っても、どんなに時間が流れても、空と海は交わることはないの」
だからふたりは結ばれることはない、そんな夏海の悲しみが綾乃に痛いほど伝わってきた。
「私たちはきっとそういう運命」
何もかもあきらめたかのような夏海の姿は、どこまでも透き通っていて、綾乃の目には、もろくてはかなげに映った。


