綾乃は夏海から受け取った便箋を、大切そうにかばんにしまった。
彼女の家には、こうやって託された信太郎宛ての手紙が何通も出されないまま置いてある。
そのことに心が痛まないわけではない。
しかし、目の前で病気と闘う健気な夏海をみていると、今は彼女の意思を優先してあげたいと思うのだ。
「綾乃さん」
ぼんやりと手紙を入れたかばんを見つめていると、夏海が小首を傾げながら名を呼んだ。
「なあに?」と取り繕うように髪を撫でながら、彼女はベッドサイドの丸椅子に腰かける。
「お願いがあるんだけど…」
「また?今度はなあに?」と綾乃はあえておどけてみせた。
一度くすりと笑った夏海は、すぐに真顔になって綾乃の手を握ってきた。
「信ちゃんが帰ってきたら、よろしくね」
え…?と言う声が息と共に漏れた。
「あの人、強がってばっかりいるけど、本当はさみしがり屋ですっごくナイーブなの」
返答に窮する綾乃に、夏海は続ける。
「誰かが支えてあげなきゃ、信ちゃん、だめになっちゃう」
ふいに夏海の目頭から、涙がぽろりと一粒こぼれ落ちた。
「お願い」
綾乃の艶やかな手を、かさついた夏海の手が握りしめる。
ありったけの力をこめて。
「夏海さんってば…そんなことお願いしてもいいの?私、今でも天宮くんが好きなのよ」
綾乃は平静を装おうと、冗談めかしたことを言ったつもりだったが、その声は完全に震えていた。
「知ってる」
夏海は大きく頷いた。
「嫌な女だと思わない?あなたと天宮くんの間にはどうやっても割り込めない、わかってるのにまだこうやって彼のことを想ってる。しかもあなたの前でぬけぬけとこんなこと言って」
綾乃は声をますます震わせながら、一気にしゃべるとうつむいた。


