雅樹と言い合ってからしばらくして、綾乃が夏海を見舞った。
珍しくリクライニングベッドをあげ、彼女は座っている。
きっと今日は体調がいいのだろう。
「綾乃さん」
声はかすれているものの、はっきりとそう聞こえた。
「あら、何してるの」
体調のことに触れるでもなく、さらりとそう言う綾乃。
毎回体調を訊ねられるのも、当の本人にはうっとうしいものだろう、と彼女は思っている。
夏海の手元をのぞきこんで、いたずらな笑みを向けた。
「やっぱり、ね。暇さえあれば天宮くん、天宮くん、ね」
うふふ、と笑ったつもりの夏海だったが、突然咳き込み始めた。
「大丈夫?」
そっと背中をさする綾乃。
見てはいけないと思いつつも、背後から夏海の手元をうかがった。
やはり、弱々しい線で何やら書いてあるが、やはり字とは言えなかった。
肩で息をしながら、夏海は手をあげた。
大丈夫、という意味なのだろう。
「これ…」そう言って、便箋に視線を落とす。
そして唇を動かすも、声にはならなかった。
だが思いの深さはまっすぐに綾乃に届いた。
「出しておけばいいのね、いいわよ」
言いたいことが通じた嬉しさか、夏海はかさかさに荒れた顔で笑う。
雅樹から、あの後電話があった。
「俺も手紙は出さないほうがいいと思う。むしろ出さないでほしい。君の言うとおり、信太郎に病気のことを知られたくないっていう、なっちゃんの気持ちを今は大切にしてあげたい」
そう彼は電話口で苦しそうに言ったのだ。


