「つらい?何が?」自嘲気味に鼻で笑うと、駅に向かって再び雅樹は歩き出す。
「実は私、天宮くんが今でも忘れられないの」
背後からの突き刺すような声に雅樹は一瞬足を止めるが、またゆっくりと進み出す。
「でもわかってるの。誰もあの二人の間に入ることはできないって」
「じゃあ君と俺は一緒ってことだね。叶わない想いにイライラしてる」
半ばやけくそまじりに彼は返す。
「イライラだなんて…」
「そうだろう?違うとは言わせないよ。しかも俺は信太郎がいなくなって、チャンスだとさえ心のどこかで思ってた。児玉さんだってそうじゃないの?なっちゃんがこのまま… 」
冷えた頬にその一撃はきつかった。
ビリビリと電流がその辺りだけ駆け巡るような感覚。
頬を叩いた当の綾乃は、蝋人形のような血の通っていない表情のまま、雅樹を見つめていた。
明らかな軽蔑と、そして言い様のない悲しみがその不思議な色を放つ瞳に宿っている。
「ここで失礼するわ」
「駅まで…」
我に返った雅樹が口を開くと同時に、強い口調で綾乃は言った。
「送っていただかなくて結構よ。頭を冷やして冷静になったところで、この手紙をどうするべきか連絡をください」
か細いヒールの甲高い音が、ここでは海岸の砂に阻まれて元気がなかった。


