「楽にしてやりたい、もう延命装置を取ってやりたい、そう家族が思っても、それは今目の前にある命を消してしまうことになる。だから家族が苦しまないように、患者さん本人が、延命はしないでくれと予め言っておくケースが多いんだ」
「でも僕は、この最先端医療の結集した大学病院にいれば、治療の効果も現れて、希望も持てるんじゃないかと…!」
「じゃあ本人に訊いてみたらいい。面と向かってリスクを説明した上で彼女が何と言うか。私ならそうするね」
「そんなこと…できません」
「どうして?」
「もうすぐ君は死ぬんだよって、だからここにいなきゃいけないんだよって言ってるみたいで…」
「命と向き合っている人に真剣に対峙するには、君だって命というものに向き合わなければいけない。その人本人にも、ね」
「命…」
「大切な人の命だ。余すことなく叶えてやりたい、私なら心からそう思う」
気がつけば、斉藤の教授室まで来ていた。
「あくまで医師としてではなく、私個人の意見として解釈してほしい」
そう言った斉藤医師を、雅樹は数秒間見つめた。
「お時間をとっていただきありがとうございました」
頭をさげる雅樹に斉藤は軽く手を上げると、ドアノブに手をかけた。
「ああ、そうだ。言い忘れていたけど、豊浜の市原先生は私の研修時代の指導医だったんだよ。彼の指導は厳しくて、何度も医者なんて辞めてやるって思ったくらいだった。だけど、あの人ほど命の大切さを知ってる人はいない。市原先生になら、まかせても大丈夫だと思うけどなぁ」
そう言い終わるが早いか否か、教授室の大きな扉は重たい音を立てて閉まった。


