4時限目の内科学の授業が終わると同時に、雅樹は黒板を大ざっぱに消している斉藤教授のもとに向かった。
「斉藤先生」
「ああ、君は確か辻本くん…だったかな」
「はい。実はご相談したいことがあるんです」
手についたチョークの粉を払いながら、斉藤はにこやかに言った。
「時間があまりなくてね。歩きながらでもいいかな?」
分厚い教科書を手に、ふたりは講義室をでた。
「もし先生の担当されている患者さんが、進行ガンを煩っているとします。その人が医療設備もままならない、生まれ故郷に帰りたいと言ったら、先生はどうなさいますか?」
雅樹が半歩後ろから訊ねると、斉藤は短く笑った。
「あはは。それは佐々倉夏海さんのことかな」
そしていたずらっ子のような目で彼を振り返った。
「ナースから聞いているよ。毎日、朝夕と見舞ってるそうじゃないか。あの病棟じゃ有名人だよ、君は。辻本くんは佐々倉さんの彼氏?」
「いえ、残念ながら」
苦笑いの雅樹は答える。
「彼女は幼なじみです。そして大切な親友の恋人です」
「そうか。余計なことを訊いてしまったね」と申し訳なさそうに斉藤医師は頭をかいた。
「その彼が今はそばについていてやれないので、代わりに僕が…」
「犠牲愛ってやつかな」
「そんなことは…」
犠牲、そう言われた雅樹は正直むっとした。
「まぁ、君が話したいことはこんなことじゃないはずだ。ええっと、さっきの質問の答えだね。佐々倉さんだと限定せずに答えたらいいかな」
「お願いします」
「人命を救う医師としては、あまりお勧めしない」
「…そうですよね」
「でも私はロボットじゃない、人間だ。その患者さんが治療よりも最期の迎え方に重きを置かれるのであれば、私はできる限りのサポートをしたいと思っている」
「でも、その町には小さな診療所しかありません」
「診療所、という名を掲げているのなら入院患者を受け入れる資格はちゃんとある。それともそこのドクターがえらくヤブ医者なのかい?」


