克彦は2,3度瞬きをした。
「あははっ…何を言ってるんですか…」
「各器官に転移が考えられます」
「じゃあ全部そのガンを取ってください!手術で残らず取ってくださいよ!だめなら俺の胃をあいつに移植してください。俺の全てをあいつに移植してください!」
「佐々倉さん…!」
わあぁぁぁ、と克彦は床にうずくまった。
何度もタイル張りの床を平手で打つ。
ピシャリ!ピシャリ!という冷たい音。
「なんで!なんで夏海なんだ!」
その場にいる斉藤も看護師も、ただ黙って彼の泣き叫ぶ様子を見ているしかなかった。
随分たって落ち着きを取り戻した彼に、斉藤医師は次の事を言った。
スキルス性胃ガンがかなり進行した時点での手術で、ガン細胞を切除することは不可能だということ。
その場合、抗ガン剤投与などの化学療法やその他の臓器への負担を減らす治療が行われるということ。
「抗ガン剤の治療はかなり辛いものになります。ご存じの通り、副作用として髪は抜け、激しい吐き気をともないます」
「…それしか方法はないんですか」
「今のところは」
克彦にはひとつ、どうしても訊かねばならないことがあった。
訊きたくないが、知っておかねばならない。
「娘は、あいつはあとどのくらい生きていられるんでしょうか…」
思ったより、すらすらと言葉を口をついて出てきた。
「人によって違いますが、3ヶ月…長くて半年でしょう」
「そう、ですか…」
「そうは言っても、夏海さんと同じステージでも2年以上がんばった方も、実際におられます。希望を決して捨てられませんように。夏海さんへの告知はどうなさいますか」
「夏海は何となく気付いているようです。でもあいつには折をみて私から…それまでは本当のことを言わないでいてもらえますか」


