「本当にあなたは素敵なお嬢さんね」
隣のベッドとのしきりのカーテンを開け放ち、夏海はベッドに腰掛けていた。
「私にも孫がいるけど、両親に甘やかされて育ったものだから、お料理もお裁縫もダメ。その上、私まで甘やかすものだから、もっとダメ。うふふっ」
そんな老婦人の言葉に夏海は笑う。
隣の住人は、かわいらしい「おばあちゃん」だった。
長い白髪を綺麗にまとめ、薄い紫色のパジャマを着ていて、とても上品だ。
「あなたおいくつ?」
「ハタチになったばかりです」
「あら、そう。うちの孫と一緒だわね」
橋本千鶴と名乗った彼女は、夏海の病気について何も訊いてくることはなかった。
仮に訊かれたとしても、夏海自身も一体どんな病にこの身体が侵されているのか、全く知らされていないので説明に困ったであろう。
「もうすぐダメダメの孫が見舞いに来るから、あなたのことを話さなくっちゃ。お料理もお裁縫もがんばりなさいって」
「そんな…私は母がいなかったからです。大抵の女の子は今から上手になるんじゃないですか」
「恋をしたら上達するってことかしら?あなたは恋をしてる?」
決してこの老婦人に悪気があるわけではない。
夏海は笑顔を作ると、「はい、してます」と静かに頷いた。
「じゃあ、あの子も恋してるのかしらね。ここ何日か様子がおかしくてね。ボーッとして何か考え事してるみたいなのよ」
「好きな人のことを考えてるんだと思いますよ」
自分だってそうだ。
信太郎を想う時は、周りのことなんて見えなくなる。
「だといいけど…あら、噂をすれば…」
看護師と廊下で話す張りのある声が聞こえてきた。
「祖母がいつもお世話になっております」
「あっらー、橋本さんとこのお孫さんは美人だって男性看護師が騒ぐのよぉ。だからあいつらに見つからないように、こっそりお見舞いに来てちょうだいね」
そんな内容だ。
同い年なのに、こういうところにいる自分が何だか惨めに思えて、夏海はしきりのカーテンにそっと手をかけた。
「あの、私はこれで失礼します」
「あら、どうして?」
「お邪魔しちゃ悪いし。それに夜寝てないので、疲れちゃって…」
愛想笑いをしながら、カーテンを引き始めた時だった。
「おばあさま」と透き通るような声に、思わず夏海は顔を上げた。
その時「彼女」と目が合ってしまった。
なんという運命のイタズラなのか。
皮肉にもこんなところで、こんな状況で…。
夏海がぎこちなく会釈をすると、相手もゆっくりと頭を下げた。


