「シワシワ母ちゃん、シワシワ母ちゃん」
手をたたき、彼らは輪になって夏海を取り囲んだ。
逃れることもできず、彼女は耳をふさぐも、容赦なくその声は夏海の耳の奥に入り込み、侵食していった。
もう嫌だ、うんざりだ、そう思った。
母が生きていればこんな目に遭うことはなかっただろうに、どうしていないんだろう、なんで死んでしまったのだろう。
記憶にもない母にやりきれない怒りのようなものを夏海は感じると同時に、祖母への思いが膨らんできた。
咄嗟に足元の砂をつかむと、上級生の顔めがけて投げつけた。
悲鳴をあげて彼は目を押さえうずくまる。
「おばあちゃんをバカにしないで!」
「おまえ、よくもやったな」
他の男子が飛びついてきて、二つに編んだ髪を引っ張りまわした。
「痛いっ!やめてよ!」
夏海が悲鳴に似た声を上げると、彼らの手の力がふっと緩んだ。
恐る恐る目を開けた途端、小さくなっていた夏海の前に上級生の男子の一人が砂を巻き上げながら転がってきた。
驚いて顔をあげる。
「あ…」
そこには顔を真っ赤にした幼なじみが、上級生3人を相手に取っ組み合いのケンカをしていた。
胸ぐらをつかまれても、ひるむことなく殴り返す。
彼に味方なんていない。
たったひとりで。
自分よりも身体の大きな相手に向かって、たったひとりで。
「信ちゃん!!」
その日の夕方、社宅の向かいに住む信太郎の家からクラスの担任が出て行くのを、カーテンの隙間から夏海は見ていた。
あの後すぐに雅樹が止めに入ったものの、学校中が大騒ぎになって職員室から先生全員が運動場に出てくる始末だった。
信太郎はケンカの理由を訊かれてもほとんど何も言わず、ただ「ムカついたから」とだけ言って、口をつぐんでしまった。
相手はかすり傷ですんだものの、信太郎はアゴの下がパックリ割れ、5針も縫ったという。


