「愛してる」、その続きを君に



空が白み始めた頃、ようやく彼女はうとうとし始めた。


「おはよーございまーす。検温の時間ですよー」


心地よい眠りを一気に吹き飛ばすほどの、明るい大きな声。


夏海は半分寝ぼけたまま、脇の下に体温計をはさんだ。


ピピピッという電子音が鳴るまでの束の間、彼女はまどろみの中にいた。


「佐々倉さん、今日は体調どう?なんだか眠そうだけど」


はちきれそうな白衣を着た貫禄のある看護師が、体温計を受け取りながら訊いてくる。


「夜中に目が覚めちゃって。いろいろ考え事してたら眠れなくて…」


「ああ…そうねぇ…」


何か思い当たることがあるのか、その看護師は口を半開きのまま視線を泳がせた。


検査の結果がでたのだ、夏海はそう思った。


「まぁ、朝ご飯まで時間あるから、もう一眠りするといいわよ」


そう言うと彼女はごまかすように笑って「橋本さーん、今日はどうですかぁ?」と隣の老婦人のもとに向かった。




その日の昼過ぎ、克彦は大学病院のきれいに磨き上げられた自動ドアの前で、なかなか次の一歩を踏み出せないでいた。


洗いざらしのシワだらけのカッターシャツを着た自分が、ガラス扉に映る。


一気に老けたな、と頬を撫でた。


主治医の斉藤医師から昨晩電話があり、夏海抜きで話がしたいと言われた。


それが何を意味しているのか、彼なりに充分承知していたにもかかわらず、いざとなると足がすくんでしまう。


妻の時もそうだった。


20年の時を経て、また同じ境遇に立たされるとは思ってもみなかった。


周りにも聞こえるくらいの大きなため息をついたところで、


「おじさん?」と背後から声をかけられた。


「マーくん」


振り返ったその先に、白衣を着た雅樹が立っていた。


肩からは大きなバッグを提げている。


「今日は授業の一環で院内見学なんです」


そう言って、パリッと糊付けされた白衣をつまんで、照れくさそうに笑った。


初めてそれに袖を通しのだろう、糊がききすぎていて、いかり肩に見える。


だがシュッシュッと動く度に衣擦れの音がして、どことなく清々しい。