夜中に夏海は目が覚めた。
首元は汗だくで、パジャマの襟元がしつこく肌にまとわりついてくる。
顔をしかめながら、彼女は手の甲で何度も首筋を拭った。
何時だろうかと枕元の小さな明かりをつけて時計を見ると、午前1時を過ぎたところだった。
備え付けの小型冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、一口水を含む。
冷たいそれが食道を通り、胃に入って行くのがよくわかる。
キュウ…と胃がきしんだ。
彼女は再びベッドに入り横になるも、もう眠れそうになかった。
目を閉じてみるが、脳裏に蘇るのはもちろん信太郎の笑顔。
勉強しなさい、と言うとすねたような顔で求めてきたキス。
ベッドに入ってきてこの身体を抱きしめてくれた時につく、ホッとしたようなあの息。
そんな幸せ何もかもが、この指の間から滑り落ちてしまったのだ。
夏海は声をたてぬように泣きながら、何度も寝返りを打った。
しばらくすると、
「眠れないの?」という押し殺した声がカーテンの向こうから聞こえた。
隣の老婦人だった。
夜中の静かな病室では、寝返りをうつたびに擦れるシーツの音がやけに大きく聞こえる。
夏海は申し訳なさそうに小さな声で返した。
「すみません。起こしてしまって」
「いいのよ、私も夜中によく目が覚めるから。今、何時かしら?」
「えっと…2時を過ぎたところです」
「まぁ丑三つ時ね。病院なだけあって怖い怖い」
息のような声のやりとりの中で、静かで柔らかな笑いが起きた。
夏海も顔の見えない相手に頬を緩める。
そんな時、向かいのベッドからあからさまな咳払いが聞こえた。
「あらあら、うるさかったかしら。じゃあ明るくなってから、またお話しましょうね。おやすみなさい」
「…おやすみなさい」
短い会話の中で、夏海は隣の「住人」の包み込むような声にどこかしら心地よさを覚えた。
相変わらず眠れそうにはなかったが、とりあえず目を閉じてみた。


