雅樹は今しがたかいた汗を、冷たいと感じていた。
彼女に知らせなければならないことがある。
それを打ち明けることが彼には心苦しくてならない。
あの日、少しでも彼女に期待を持たせてしまった自分の浅はかさに、彼は激しく後悔していた。
克彦と診療所の市原医師の会話を聞いてしまった後、雅樹は雲の上を歩いているような感覚で夏海の病室に戻った。
部屋に入ると彼女は泣きやむどころか、かえって悲しみにうちひしがれていた。
「信ちゃんのところに行きたい…」
「…無理だよ」
「そんなことない…!」
腫れた目で雅樹をにらみつけると、むっくりと彼女は起き上がり、いきなり手首から点滴を引っこ抜いた。
みるみるうちに赤く細い血の糸が伸びてゆく。
「何てことするんだよ!」
ベッドから出ようとした夏海の手首を握りしめ、彼は怒鳴った。
「離してよ!」
「離さない」
「離してってば!」
夏海の手首をつかんだ雅樹の指の隙間から、血がしたたり落ちた。
「今、なっちゃんができることは何もないんだよ!!」
「そんなのわかんないじゃん!離してよ!」
とうとう雅樹はその手首を引き寄せると、夏海の顔を胸に押し当てた。
克彦の言うとおりだと思う。
どうして彼女ばかりがこんな悲しみを背負うのだろう。
こんなにもけなげに、こんなにも一生懸命に生きているではないか。
あんまりだ。
「いいかい?どんな理由があったにせよ、わざとではなかったにせよ、信太郎は人の命を奪ってしまったんだ。法律があいつを裁くんだ。俺たちにできることは、少しでもあいつの刑が軽くなるように願うしかないんだよ」
「願う!?私は今までいろんなことを願ったよ!お母さんを生き返らせてって、おばあちゃんを助けてって!何度も何度も!でも叶わなかった!そんなことで…」
「俺が言いたいのはそうじゃないんだ。とにかく話を聞いてくれないかな」
強ばっていた夏海の肩の力が抜けていく。
雅樹はそっとベッドに彼女を座らせると、「まず止血して点滴入れ直さなきゃな」とハンカチで手首をきつめに縛った。


