「うん、どうぞ」
窓の外に視線を移したまま、彼女は小さく答えた。
雅樹が遠慮がちにベッドサイドに歩み寄るも、依然として夏海は外を見たままだった。
「体調はどう?」
「良いように見える?」
トゲのある言い方をしてしまったことに気付いた夏海は、雅樹を見遣ると「ごめん…せっかく来てくれたのに」と謝った。
「いいんだよ。それにキャンパスは目と鼻の先なんだから」
雅樹はW大医学部の2年生になっていた。
「忙しいんでしょ?」
「まだ夏休みで補講があるけど、そこまでは」と頭をかく。
「そうそう退屈してると思ってさ、本を何冊か持ってきたよ。なっちゃん、ミステリーとか好きだったよね」
そう言って小さな紙袋を差し出した。
「ありがと…」
「ここ座っても?」
小さな丸椅子を指さして、雅樹は微笑んだ。
「あ、うん、座って。私ったら全然気がきかなくて…ほんと何から何までごめん」
何人もの身体を受け止めてきたであろうその椅子は、彼が腰をおろすと、ギィ…と軋んだ音を立てた。
「あ、主治医、斉藤先生なんだ」
枕元のプレートに気付き、彼は目を丸くする。
「知ってるの?」
「大学で内科学を教えてもらってるんだ」
「ふぅん…内科学ね…」
「とても気さくでいい先生だよ。あ、それよりさ、克彦おじさん、今日は夕方に来るって。最近メル友なんだ、俺たち」
「…そう」
文庫本の入った紙袋を胸に抱いたまま、夏海は苦しげに目を閉じた。
あんなにやつれた父を見たくない。
その原因は自分にあるのだとわかっている。
この身体を蝕む「何か」。
それを隠して無理して明るく振る舞ってくれるだけに、娘として余計に辛くなる。


