「そうや。あの時に感じたことでも、今まで言い出されへんかったことでもええ。検察に行ったら、もっとおまえは殻に閉じこもるんちゃうか。向こうは裁判で君を罰する側やからな。おまえの一言一言が大事な証拠になる」
「でも…」
言い澱む信太郎の耳に、ノートパソコンを閉じる音が聞こえてきた。
加瀬刑事だった。
「ほらな、調書にはせぇへん。誰にも言わへん。なぁ加瀬、そうやろ?」
「ええ、もちろんです」
そう言って若い刑事はにこやかに席を立つ。
「全部吐き出していけ。酷なことを言うようやが、天宮、おまえにはこれからもっともっと辛い日々が待っとる。今ここで少しでも胸につかえてることがあれば言うていけ」
桜井が柔和で人懐っこい笑みを浮かべた。
しばらく黙っていた信太郎は、唇をなめるとかすれた声でこう切り出した。
「…あの時…」
「あの時?」
「高林さんの倒れている姿を見て、姉に逃げろと言われた時…」
二人の刑事の優しい眼差しが、信太郎の口元に向けられた。
「好きな人のことを想いました」
「…好きな人っちゅうたら、あの子か?署の前で泣いてた子か?」
確認をとるように桜井は加瀬の顔を見上げると、彼は悲壮な顔つきで「ええ、おそらく」と頷いた。
「咄嗟にあいつに会いたいと思いました。会って抱きしめたら、あいつはこれは夢だから大丈夫って…そう言ってくれるんじゃないかって…」
「幼なじみ、やったかいな?」
「はい。俺、あいつのばあちゃんに誓ったんです。必ず幸せにするからって…なのに…」
カチカチと歯のぶつかり合う音が、狭い取調室に響いた。
「マセたガキだって、そう思ってますよね?でも俺にはあいつしかいないんです。自分の命よりもあいつを大切に想ってる…!」
信太郎は床を何度も踏み鳴らした。
ダンッ、ダンッ…!と。
それは次第に大きくなる。


