信太郎に引き戻された高林は数歩横によろけると、落ちていた恵麻のショルダーバックに足を取られた。
そして後ろ向きに転倒し、そのまま姿が見えなくなった。
信太郎も共に勢い余って倒れ込む。
咳き込む彼の耳に届いたのは、ゴロゴロ…という重たいものが階段を転げ落ちてゆく音と、最後にゴンッという鈍い音。
それ以降、何の音もしなくなった。
秋を告げる虫の声さえも、今はなりをひそめている。
「…かっ課長…」
かすれた恵麻の声が、まるで風が草木を揺すぶる音のように聞こえた。
赤ん坊のように恵麻が四つん這いのまま、階段まで這っていく。
そして下をのぞき込むと同時に、口を押さえて震えだした。
「…恵麻?」
信太郎も咳き込みながら、這うようにその下をのぞきこんだ。
高林が仰向けで倒れていた。
ちょうど外灯に照らされて、その姿が不気味に浮かび上がってくる。
異様に曲がった四肢が、男の絶命を意味していた。
そして後頭部からはどす黒い地が、円を描くように広がっていく。
「信太郎!あんたは逃げて!私がやったことにするから!」
我に返った恵麻が言った。
「……俺…」
「あんたは悪くない!悪いのはあいつよ。あいつと私!」
放心状態の弟を無理矢理立たせると、恵麻はその背中を押した。
「早く行って!早く!」
「何言ってんだよ。そんなことできるわけ…」
その時、階段の下で悲鳴が起こった。
「隠れて!」
ぎょっとした恵麻が信太郎をかばおうとした。
しかし彼女がその声の主であるカップルの視線を遮ろうとするも、もう遅かった。
4つの訝しげな目が、階段の上の姉弟に容赦なく向けられていた。


