忘れもしない、忘れられない。


蒸し暑いあの夜のこと。


「彼に会わせてください!お願いだから!」


警察署の前で夏海は泣き叫んでいた。


「信ちゃん!!」


「落ち着いて」と女性警察官が必死に抱き止める。


「どうして会っちゃいけないの!なんでよ!」


行く手を阻むその刑事の腕を何度も振り払いながら、夏海は悲鳴に近い声で叫ぶ。


「なっちゃん!!」


彼女に負けじと声を張り上げた恵麻に、夏海の動きが嘘のようにぴたりと止まった。


「…恵麻おねえちゃん」


天宮恵麻は、若い男性刑事に付き添われ署から今しがた出てきたばかりのようだった。


「こんなことになってしまって、ごめんなさい…」


「…どうして?」


その場にゆっくりと崩れ落ちる夏海。


「どうして…」


「ごめんね、なっちゃん。私のせいなの…私がもっと早くに警察に相談していたら…本当にごめんなさい」


恵麻も膝をついて、涙を流した。


「許して」


「おねえちゃん…」


「許して!」


土下座をする恵麻を、夏海はただただ見ているしかなかった。


言葉など出てこない。


あの彼のえくぼを見てから、そんなに時間は経っていないのに。


夏海をからかうようなあのキスを交わしたのは、ついさっきのことなのに。