冷たい麦茶の入ったガラスコップを信太郎がテーブルに置いた。
「体調が悪いなら、早めに病院行けって」
それに手を伸ばしながら夏海は笑って頷くと、口の中を麦茶でしめらせ、答える。
「わかってる。明日にでも市原先生のとこ行ってみる。ただの夏バテだけどね」
「夏に生まれたくせにかよ?」
ふんっと彼が笑うのを見て、夏海は頬を膨らませる。
「ねぇ、恵麻おねえちゃん、あれからどう?」
ふと気になって訊いてみた。
「ああ、まだ続いてるみたいで、帰りは俺が駅まで迎えに行ってる」
「そう」
「ヤキモチ?」
「は?なんで美しき姉弟愛に嫉妬しなきゃなんないのよ」
手元にあったクッションを信太郎に投げつける。
それをうまくかわすと、彼は急に真剣な顔になった。
「本当はいつまでもこのままじゃいけないんだけどな。時期を見て警察に行くように勧めてみる」
恵麻の別れた恋人によるストーカー行為はもう半年近くに及んでいた。
信太郎が恵麻を思って迎えに行き始めてから、もう3ヶ月、毎日ともなると彼にとっては負担となってくる。
「早くなくなればいいね」
「ま、これで俺の居候代は用心棒のバイトでチャラだな」
そう笑って目の前の夏海にクッションを投げ返す。
「ところで、時間いいの?」
「げっ、やべっ」
時計は午後1時半を指している。
信太郎はバッと立ち上がり頭をかいた。
「チューターと面談があるんだった」
そう言ってテーブルに置いてあった財布をジーンズのポケットにねじ込む。
「おまえはちょっとここで休んでろ」とバタバタと玄関に急ぐ。
「終わったらまた連絡するから」
「うん」
先ほど投げつけられたクッションを抱きしめたまま、夏海は信太郎の後ろ姿を見送った。


