リビングに戻ると、信太郎の真っ直ぐな瞳と夏海の視線がぶつかった。
「…妊娠…してなかったよ」
「そっか」
表情を全く変えずに、彼は頷いた。
「よかった…ほんとに」
これで信太郎が夢を捨てることはなくなった、そう思って彼女が言葉を漏らした瞬間、ソファーに座っていた彼が急に立ち上がり、夏海を抱きしめた。
「バカか、おまえは。よかった、なんて言うな」
「え?」
意味がわからず、彼の背中に回そうとした手が止まる。
「妊娠してなくて、ああ助かったとか、ホッとしたなんて俺は思ってないからな」
彼の胸から顔を上げて、夏海は怪訝そうに「どういうこと?」と訊く。
「子どもができてても、できてなくても、ずっとナツと一緒にいるって気持ちは変わらない。だから、授かったかもしれない、少しでもそう思った命のことを厄介者みたいに言うな」
検査する前に言った彼の言葉を鵜呑みにしたわけではなかった。
内心彼だって妊娠していないことを望んでる、そう思っていた。
検査結果が陰性だと告げればきっと安堵の表情を浮かべる、そう思っていた。
でも、彼はそうじゃない。
「信ちゃん」
夏海は彼の胸に頬を押し当てた。
いつもより広くてたくましく感じる。
ここが自分の居場所なんだ、と改めて思う。
この人を好きになってよかった。
この人に愛されてよかった。
もうこの人しかいない、心底そう思う。


