早くこの場を離れたい、その一心で、ひったくるように紙袋を受け取ると出口に向かった。
低い唸り声と共に自動ドアは大きく開いた。
むっとした不快な空気が全身を包み、そして肺の中まで入ってくる。
信太郎は険しい顔で、駐車場に設置されてある自販機の前に立っていた。
眉間に若干皺が寄っていることに、きっと彼自身も気付いてはいまい。
暑さのせいか、それとも不安のせいか…
夏海には後者のように思えてならなかった。
二人は無言もまま恵麻のマンションへと向かう。
部屋の扉を開けると、信太郎は夏海に先に入るように促した。
真夏の密室はかなりの暑さだ。
信太郎が窓という窓を全て開け放つと、カーテンレースがハタハタと音をたてはためき、澱んでいた空気が一気に流れだした。
夏海はバッグから先ほどの紙袋を取り出すと、一瞬ためらったように目を閉じた。
しかし、次の瞬間にはキッチンに立つ信太郎の背中にこう言った。
「お手洗い、借りるね」
彼はお茶の入ったボトルを置くと、無言で彼女の後を追った。
そしてトイレのドアノブに手をかけようとするその肩を、優しく抱き寄せた。
「俺はどんなことがあっても、おまえから離れたりしないから」
「…信ちゃん」
「わかったか?」
こくん、と夏海は一度だけ頷いた。
結果が出るまでの1分間がなんと長いことだろう。
その間に、陽性だったと告げた時の信太郎の驚きと困惑に、夏海は自分自身が傷付かないように予防線を張る。
検査薬を握りしめたまま彼女は天井を見上げ、大きな大きな息を吐いた。


