「もし…」
信太郎にその先を言わせてはいけないと咄嗟に夏海は思った。
「だからありえないって!」
きつい口調になる。
「だから信ちゃんは気にしないで。夏バテだってさっきから言ってるじゃん!」
握りしめたハンカチが見事なほどにシワシワだった。
「ふざけんなよ!気にするなって言われて、はい、そうですかってなるもんじゃないだろ!もし仮にそうなら俺にだって責任はある!」
信太郎も声を荒げた。
誰もいないビルの合間の小さな公園で、蝉の声がまるでシンバルのようにジャンジャンと耳に響く。
足下から立ち上る熱気に、夏海は一瞬クラッとした。
「俺、買ってくるから」
そう言って彼は立ち上がる。
「何を?」
逆光で彼の表情が見えない。
眩しさで彼女は思わず顔をしかめた。
「決まってんだろ、検査薬だよ。ここの角を曲がったとこにドラッグストアがある」
夏海は立ち上がって信太郎の腕をつかんだ。
「やめてよ」
涙声で必死にその腕にしがみつく。
「はなせって」
「やめてってば!」
金切り声が辺りに響くも、蝉の声に一瞬にしてかき消されてゆく。
「お願いだから、やめて!」
怖い、とてつもなく怖い。
もし妊娠していたら、彼は「夢」を捨てると言うだろう。
「絶対にありえないから!」
ポロポロと目から滴がこぼれ落ちると、彼もまた苦しそうに顔を歪めた。
「いいか、ナツ。これは大事なことなんだぞ。俺はどんなことがあっても逃げない、ってある人に誓ったんだ。おまえを守る覚悟もできてる。だから俺たちはそういう関係になったんだ」
「信ちゃん…」
ある人って、おばあちゃん…?
先日見た墓前での彼の姿が思い出される。
「検査しろ。俺、そばにいるから」


