苦しそうに息をする夏海を信太郎は抱き寄せると、近くのベンチに座らせた。
「水は?」
「いい、いらない…」
「いつからこうなんだよ」
「さぁ…」
最近特に…そう言いかけてやめた。
きっと精神的なものに違いない。
心のどこかで受験生の信太郎とこんなにも頻回に会っていてもよいのだろうか、と眠れないほど悩む時がある。
細い指でこめかみの汗を軽くぬぐうと、夏海はふぅーっと大きな息をついた。
「ごめん、信ちゃん。食後にこんな嫌なとこ見せて」とごまかすように笑ってみせたが、
「ナツ、おまえさ」と言うあまりにも真剣な彼の顔に、彼女は思わず視線をそらせた。
「アレは来たのか?」
生理のことだとすぐにわかった。
「まだだけど…でも私、もともと不定期だから」
疑わなかったわけじゃない。
この胃の不快感は「つわり」というものなのではないか、そう思ったことは少なからずある。
でも避妊はちゃんとしていた。
「検査はしたのか?」
「ありえないって。ちゃんと…」
「それでも100%ってことはないだろ」
「考えすぎだって」
「検査しろよ」
まっすぐに見つめてくる信太郎の瞳とは逆に、夏海の視線は完全に泳いでいた。
怖かった。
もし妊娠していたら彼に多大な迷惑をかけてしまう。
もう彼には今年しかないのだ。
子どもの頃からの夢を叶えるために、二浪という精神的にも体力的にも厳しい道を歩んでいるのだ。


