夏も終わりに近づいた。
「おっす」
大きな手のひらがこちらに向けられる。
「出てきてよかったの?」
「今は夏期講習もないしさ、自習室にこもりきりだよ。昼から面談があるんだけどな」
「そうなんだ」
「ナツはいつまで休み?」
「明日まで。だから今のうちに信ちゃんに会っておこうと思って」
そこまで言って、彼女は慌てて付け加えた。
「勉強の邪魔にならない程度にね」
それを訊いた信太郎は恥ずかしそうにうつむく。
そして「腹減ったな、何か食いに行こうか」と照れ隠しのように辺りをキョロキョロして歩き始めた。
彼は夏海が顔を真っ赤にするようなことを平気で言うくせに、逆に言われるとこういった反応をする。
そこがかわいらしいと彼女は思う。
夏海はクスリと笑うと、小走りに後を追い、彼の腕に手を伸ばしかけてためらった。
信太郎は人前で寄り添うことをあまり好まない。
特にここは彼の通う予備校の近くだ。
知った顔もあるだろう。
彼に触れたい想いを我慢して、夏海は彼の背中を追いかけた。
「ここでいいか?」
信太郎が牛丼屋の前で立ち止まった。
甘辛い匂いが漂う店の前で、夏海は胃がきりきりするのを覚えたが、満面の笑みで「うん」と答えた。
カウンター席につくと、目の前で店員が牛肉の海をかき混ぜる。
その光景にますます胃の痛みを感じて、冷や汗が出た。
「ご…めん。私ちょっとお手洗い…」


