「自転車の二人乗り」
「は?二人乗り?」
意外だったのだろう、上半身を起こすと信太郎はすっとんきょうな声をあげた。
「それが一番にしてほしいこと?」
「なに?なんでそんなに驚くわけ?」
夏海ものそのそと起き上がる。
「いや、地味だなぁと思って…」と彼は笑って仰向けに寝転がった。
「しかもおまえ役場の職員なのに、ヤバくない?」
「だめ?」
すねたように訊ねる夏海を、なだめるように「わかった、わかった、約束な」と言って、信太郎はもう一度抱き寄せた。
「高台にある信ちゃんの家から、坂を下って浜まで行くんだよ。できるだけ早く。そうだ、ブレーキは3回までしか使っちゃいけないことにしない?」
「おまえ、それこそ駐在のおっさんに見られたら大目玉くらうぞ。もしそうなっても俺は逃げるから、おまえだけ一人で怒られろ」
「なんでよ、卑怯者め」
「言い出しっぺはナツだろ」
薄暗い部屋に、クスクスと二人の甘い笑い声が重なり合う。
ああ、なんて待ち遠しいんだろう。
あの生まれ育った豊浜の潮風の中を、彼の腰に手を回して坂を一気に自転車で駆け下りるのだ。
坂の途中にあるクリーニング店のおばさんがキンキン声で、苦情の電話をかけてくるかもしれない。
お父さん、困るだろうな。
それとも、町内会長さんが怒って自転車で追いかけてくるかもしれない。
だったらいっそのこと競争してしまえばいい。
信ちゃんなら、絶対に負けない…
そんなことを考えただけでも、ウキウキしてしまう。
夏海は彼の胸に頬を押し当てた。
それに応えるかのように、信太郎が唇を求めてきた。
頬を包む彼の手に、自分の小さな手を重ねながら、夏海は目を閉じた。
早くそんな日がきますように。
早く…と。


