「愛してる」、その続きを君に



豊浜の唯一の診療所の市原(いちはら)は内科医ではあるものの、子どものケガも老人の腰痛も診る、いわゆる「なんでも先生」だった。


この「市原診療所」には夏海も幼い頃から世話になっている。


50代半ばの市原医師は、誰もが羨むフサフサのグレーの髪をたたえ、少しずり落ち気味なメガネを人差し指であげながら話すのが癖だった。


その目はいつも穏やかで、人当たりのよさが顔にそのまま出ている。


「なっちゃん、久しぶりだね。カルテの最後の記載が7年前だよ。それまで元気いっぱいだったんだねぇ」


ボールペンを器用に回しながら、市原医師は笑った。


「はい、風邪ひとつひかない丈夫な体でして」


彼女もぺろりと舌を出す。


「おばあちゃんのことは残念だったね」


眉をハの字に下げると、彼は目を閉じた。


武子のことを覚えていてくれるだけでありがたい、そう夏海は思う。


自分だけでなく、こうやって町の人の心の中でずっと祖母が生きていてくれるといい。


「さて、今日は病気知らずのなっちゃんがどうしたのかな」


市原は彼女に向き直ると、小首を傾げて訊いた。


「最近胃もたれがひどくて…」


彼女は食欲が落ち、時折吐き気をもよおすことを伝えた。


市原は症状を一通りカルテに書き留めると、あちこち擦り切れた固めのマットの診察台にあがるように指示した。


「ここ痛い?」と、何ヶ所か軽く腹部を圧していく。


「いえ、大丈夫です」


何度も夏海はそう答えた。


恰幅のいい看護師に手伝ってもらい体を起こすと、市原は手を洗いながら


「胃の働きを助ける薬を5日分出しておくから、それで様子をみようか。もし良くならなかったらすぐに来て。詳しい検査をしてみよう」とほほえみながら言った。