月がないのに、彼の顔がぼんやりと見える。
いつか信太郎が言っていた、星の光だけでも物の影を作り出すことができるのだ、と。
それを月明かりならぬ、星明かりというのだ、と。
真っ暗だと思っていた空も海も、今はほんのり青白く見える。
「信太郎のそばにいてあげなよ」
雅樹が言った。
「あいつさ、武ばぁが亡くなった時、病院でパニックになった君を抱きしめたんだ。何のためらいもなく。覚えてる?」
なんとなく、と彼女は消え入りそうな声で答える。
「なっちゃんってばものすごい暴れっぷりでさ、克彦おじさんも参ってたんだ」
「私、そんなに酷かった?」
「そりゃあ、もう。でもあいつは、ぶたれようが引っかかれようが必死に君の腕をつかんでた。絶対に離さなかった」
「……」
「だからさ、今度はなっちゃんがあいつのことを抱きしめてやれば?」
信ちゃん…
きっとこうやって彼の名を呼ぶのは100回を超えている。
しかし、呼んでいるだけじゃ、何も変わらないのだ。
一度は止まった涙が、再び溢れ返ってくる。
「泣かないでよ。知らない人が見たら俺が泣かしたみたいだろ?ほら、美人が台無しだよ」
「ほんとだ、台無し…」
「おっと、まさか自分で美人だ認めるとは思わなかったなぁ」
「もう!海に落とすよ」
目をこすりながら、彼女は笑う。
「それだけはご勘弁を」と、おどけたように両手を広げると、雅樹は手を差し伸べた。
「帰ろう。冷えて風邪をひいたら大変だよ。送ってくから」


