「なっちゃん」
突然背後から自分を呼ぶ声がした。
柔らかくて温かな、そして懐かしい響き。
「マーくん!帰ってきてたの?」
「春休みだからね」
そう言って、雅樹も防波堤によじ登ると、彼女の隣に腰掛けた。
「まだ寒いね、豊浜は」と、彼は目を細めて夜の海を見つめる。
「どしたの?こんなところで」
「それはこっちのセリフだよ。たまたま通りかかったらなっちゃんがいるから、びっくりしたよ」
夏海は足をブラブラと揺すりながら、月が黒い雲に隠された夜空を眺めた。
主のいなくなった空が、こんなにも寂しくて暗いなんて。
月が隠れたせいで、空も海も真っ暗だ。
何もかも真っ暗だ…
そんなことを思っていると「信太郎と何かあった?」と前触れもなく雅樹が訊ねてきた。
「なんで?別に何もないけど」
髪を撫でつけながら、しどろもどろでそう返す。
「少し前にさ、遥が泣きながら自転車を押してるなっちゃんを見たって言ってたから」
「……」
「信太郎、残念だったね。でも後期試験の結果はまだなんだろ?」
夏海は彼の言葉に慌てて口を覆った。
次から次へと嗚咽が漏れて、とうとう小さな子どものように大きな声で泣き始めた。
信太郎が不合格だったことは夢なのではないか、あの悲しい言葉は幻なのではないかと思っていた夏海にとって、雅樹の落ち着いた声が彼女を現実へと引き戻してしまったのだ。
雅樹は夏海が泣きやむまで、何も言わず、優しく背中をさすり続けた。


