「今夜は星があまり見えないな」


夏海は夜空を見上げてみたが、よくわからない。

今でも十分にきれいに見えると思うのだけれど、彼にはどうもそうではないらしい。


「星空が一番きれいなのは冬なんだ。空気中の水分も少ないから澄んで見える」


「ふうん、じゃあもうすぐきれいな星空が見えるんだね」


海が見下ろせる小高い丘の小さな公園。


もちろん、今は海なんて真っ暗で波の音しか聞こえない。


「岡山県にさ、星空がすごいきれいなところがあるんだ。『びせい町』っていって美しい星の町って書いて、美星町」


「へぇ、町の名前になるくらいだから、とびっきりきれいなんだろうね。見てみたい」


「町の人たちもできるだけ無駄な電気は点けないようにしてるってさ。家でもしっかりカーテンひいて明かりが漏れないようにしてるらしい」


「徹底してるね、行ってみたいなぁ」と夏海は膝を抱え直した。


「連れてってやるよ」


「え?」


普段からは考えられない真剣な響きを帯びた声に、夏海は信太郎の方を見るが、暗くてその表情は定かではない。


「俺がナツを美星町に連れてってやる」


「いつ?」


胸の高鳴りを感じつつも、それを隠すように夏海は冗談めいて訊いた。


「俺が大学生になったらな」


「ほんとにぃ?大学行くの?初めて聞いたけど」


「行くことにしたんだ」


「いつからそう決めてたの?」


「さっき」


「は?」


「さっきおまえを抱きしめた時」


恥ずかしがることもなくそういう彼に、夏海は髪をいじりながら暗い海に視線を移した。


「あ、もしかして照れた?」


「ばっか、何言ってんのよ」


「隠すなよ」


そう言って夏海を小突く彼はいつもの天宮信太郎だった。