信太郎は人混みをかきわけ、やっとのことで綾乃の腕をつかんだ。
「待てってば」
肩で息をしながら信太郎は強引に自分に向き直らせるも、長いストレートヘアが顔を隠して彼女の表情がわからない。
「俺が悪いんだからさ、その言い訳くらい聞いてくれてもいいだろ?」
彼のその言葉に綾乃はふっと顔をあげた。
まさに人形、そう思わせるほど表情がない。
それがまた、ゾッとするほど美しいのも確かだ。
「悪い?天宮くんが?私も相当悪いのよ。ずるがしこくて、嫌な女なのよ」
彼女は髪をかきあげた。
「実は天宮くんのことを学校からずっとつけてたの。仮病をつかって早退までして校門のところで待ってた。今逃げたのだって、こうやって追いかけてきてくれるってわかってたから」
信太郎は半ば呆れたように綾乃の肩から手を下ろすと、はぁ、と大げさなぐらいの深いため息をついた。
「あの人がナツ、さん?」
そう訊ねる綾乃の痛いほどの視線を避けるかのように、彼は行き交う人の群れに目を向けた。
「やっぱり…」
そんな信太郎の様子に全てを悟ったかのように、彼女はあきらめの表情を浮かべる。
「それに、あの人は天宮くんのことを信ちゃん、って呼ぶのね」と再び髪をかきあげた。
「私には信ちゃんって呼ばせてくれなかったくせに…」
続けざまに出てくる綾乃の言葉に、信太郎は返す言葉もなく唇をかみしめている。
沸き上がってくる嫉妬心を必死で抑えるかのように、低い声で彼女は言った。
「ねぇ、天宮くん。天宮くんは私のことどれだけわかってる?何も知らないでしょ、知ろうとしなかったもの。私がどれほど嫉妬深いか、どれだけ卑屈か…知るはずもないわよね。でもね、私は天宮くんのことはなんでもわかるの」
信太郎は目の前の綾乃を見た。
「意地悪なふりをして本当はすごく優しいことも。私が無茶なお願いをして困った時は、話し方が少し丁寧になるってことも。それに…」
「それに?」
「他に想う人がいるのに、私のことを好きなふりをしてくれてることも…」
「綾乃」
「天宮くんが今から言おうとしてることも全部わかっちゃってるんだから」
「綾乃」
「今さら名前で呼ばないで!今までそうやって私を呼んでくれたことないじゃない!」
必死で冷静を装っていた彼女が、突然目をつり上げ叫んだ。
行き交う人が何事かと顔だけを彼らに向ける。


