「愛してる」、その続きを君に



「賢明な判断だと思うよ、それ」


信太郎は静かに言った。


「このバカタレが…」


めまいがするのか、武子はそう呟いたきり目元を手で覆いふらついた。


「おい、大丈夫かよ。血圧上がったんだろ、あんな大声出すから」


信太郎は武子に駆け寄ると、肩を抱いて支えた。


「いや、大丈夫。ちょっと興奮しすぎたかな」


肩で息をする武子の背中を何度もさすり、落ち着いたのを確認すると信太郎は言った。


「武ばぁ、俺、先に行って荷物だけ玄関に置いとくよ。だから、あんたはゆっくり歩いてきなよ。悪いけど、電車の時間あるからさ」


まだ何か言い足そうな武子を残し、逃げるように信太郎は荷物を持って佐々倉家に急いだ。





「ごめん、武ばぁ」

今、目の前で横たわる武子の口からは、クォークォーという呼吸音が繰り返されるだけだった。




夏海の生活は変わった。


毎朝5時に起き、朝食と弁当を作る。


学校から帰れば、祖母の病院に行き、家に帰れば夕食の準備と洗濯をする。


武子が毎日やっていてくれたことを、夏海は父の克彦と分担してどうにかこなしていた。


慣れると要領がつかめてき、いかに早く家事を終わらせることができるか、それが一種のゲームのようでもあり楽しむようになっていった。


しかし、その電話は朝日の眩しい駅のホームで、信太郎と雅樹とたわいもない話をしている時にかかってきた。


「おい、ナツ。おまえの携帯鳴ってないか?」という信太郎の言葉に慌てて鞄をまさぐるも、間に合わなかった。


着信履歴には時間をあけずに克彦の名前が連なっている。


何か忘れ物でもしたのだろうか、かけなおそうと発信ボタンに指をかけた瞬間、手の中で携帯が小刻みに震えだした。


「もしもし、お父さん?」

電車が身をよじるようなブレーキ音を立てながら、小さなホームに滑り込んでくる。


「え?何?聞こえない!」


夏海は携帯を当てていない耳を手で押さえ。、大声で聞き返した。


「え!?」