§魂呼びの桜§ 【平安編】

そのためもあろうか。


思いの外、吉野に早く着いた。


さすがに着いた当日は皆ぐったりしており、誰も温泉に入ろうとはしなかった。

ユウゲ
夕餉を済ますと、女房や下働きの者たちまで、早々に休んでしまったのだ。


姫は一人夜の闇の中に佇んでいた。


疲れているはずなのに、なぜか眠たくならない。

ヒオウギ
檜扇を弄びながら、女房たちの寝息を聞いていた。


すると、突然昼間のように明るくなった。


遅い月が上がったのだ。


姫はその光に誘われるように、表へと出て行った。

イツツギヌ
五つ衣の裾を持ち上げ、そろそろと歩いていく。


月の明かりがはっきりと足元を照らしてくれるため、怖いと思うことはなかった。


宿にしている寺の境内の、外れにある林まで来た時だった。