「茶は、要らない。
 代わりに、マントを出せ」

「今から、お出かけですか?
 もう、夜も更けて参りました。
 今日の所は、お休みになり……」

「……うるさい!
 このまま大人しく眠ってなぞ、いられるか!!」

 辺りには、マウロと猫しかいない気安さで、キアーロは初めて、自分の感情を出さらけした。

 まるで、鞭を打つように響く、激情のこもった声だった。

 普段は、めったに聞かない声に。

 マウロと黒猫は、揃って、びくり、と身を震わせた。

 そんな、驚いている侍従長から、キアーロは、外出用のマントをひったくると、自らそれを羽織った。

 そして、そのまま。

 大股で部屋を出て行こうとする王子をマウロは、慌てて止めた。

「明日は、大事な儀式があります!
 もし、夜風にでもあたり体調でも崩されて、ご出席になれないとあれば、侍従長としての、わたしの名折れ!
 絶対に、外出などされませんように……!」

「幼い子供ではあるまいし!
 風にあたったぐらいで、病になぞ、なるものか!
 それに、もう、何もかも関係ない!」

 厳重に包んだ感情も、一度殻が壊れれば、修復不可能なのか。

 感情のまま、言い返すキアーロに、マウロは一瞬、息を呑んだ。

「やはり……まさか。
 フィオーレ様にお会いに行くおつもりでは?」

「……だったらどうする?」

 そのとおりだ、と。

 すうっと、目を細めたキアーロに、マウロは叫んだ。

「いけません!
 あなたは、王位継承権をみすみす捨てに行くおつもりですか?」