もちろん尋ねられれば返すのが礼儀、と習って来たから静かにコクリと首を縦に振った。


彼が嫌味混じりに吐くほど賢くはないが、さほどバカでもない。だから、社長の言葉の裏などすぐに察しがつく。



それが言いたいのは暗に、高階 彗星と別れろというハッキリした宣告であると――



ひんやり冷たい不気味な空気の中、初めと同じように美しい角度で一礼によって非礼を詫びることにした。


前方のプレジデントデスクで、ピクリとも動かない社長のみに焦点を当てジッと見据える私。



「…社長、大変申し訳ございませんが。彗星さんがこんな私でも選んで下さった以上、今は公に別れる気はありません」

「そこまで必死になる理由は?」

「そ、れは…」

社長に向かってよくぞ言い切った自分!と褒めたのも束の間、すかさず入った冷たい声色に戸惑う私。


根拠も理由もない発言に、その訳を聞かれるのは当然のこと。しかしながら、何も言えず押し黙るから、どうにも出来ない沈黙が訪れた。


“お金が絡んだ関係だけど、何より高階コーポで今のまま居たかったから”ではなく。


“高階 彗星という冷たい男が、好きになってしまったから離れたくない”のである。


その無意味すぎる本音を口にすれば、本命の居るロボット男が困ると思うから辛くて。


どう返されるのか分からない冒険が出来るほどに、まだ強くないから逃げてしまいたい。


朱莉さんとのやり取りをみていれば、逢瀬の相手がどれほど大切な人かすぐに分かる。


ノン・シュガーな関係を求めたのは誰だった?それでいて2人の姿を目の当たりにして初めて、もやもや嫉妬心を感じた矛盾。


こうして社長と専務に挟まれた息苦しい状況より、偽の立場を思う方が虚しく感じるほどだ。