「永倉さん」


「お、井岡君か! どうしたんだ、俺の稽古に君が来るなんて……何かあったか」


扉を開けた光を認めた永倉は、滴る汗を手拭いで拭き取ると、驚いたように目を見開き、稽古を中断して近付いてきた。


二番隊の隊士も少し遠巻きに寄ってきて、珍しい二人組を怪訝そうに見つめる。


そんな視線を無視した光は、ここに来るまでに考えていた台詞を口にして、周りの隊士らに感心の溜め息を吐かせた。


「はい。指導ばかりではなく、私も指南を受けねば腕が落ちます。ぜひ永倉さんにご指南頂きたく……」


「そうかそうか。分かった。ちょうど今、始めたばかりなんだ。俺で良いのなら、構わないよ」


快く了解してくれた永倉は、光を中に招きいれると、そのまま隊士と一緒に素振りを再開させる。


竹刀を取った光も、隊士と同じく素振りをし始める。


中段(正眼)に構え、右足を出し、左足を引きつけると同時に竹刀を振り下ろす。下がるときもまた、同様。


竹刀を腕の延長とする。
敵を仮想し、空気を切り裂く。
一度の素振りに敵を斬る力を入れる。


そうすれば、へその下の丹田に力が集まり、敵との間合いが明るくなる。相手の手の内が読め、相手を支配するに至る。


素振りは何よりも基本の動作でありながら、何よりも上達の近道である練習。


だが、ただひたすら壁に向かって素振りを繰り返すのも、まるで禅を組み、世の理について考えを巡らすようで、正直光は好きではなかった。