「心配はいらない。もう一人、恐ろしいくらい腕の立つ奴がいるじゃねえか」


意地の悪そうに笑う土方は、盗聴されないように襖の外を警戒する光を一瞥して、「なあ、井岡先生。頼んだぜ」と言った。


声を掛けられた光は、大した反応も見せずに、感情の無い瞳で土方をしばらく見返し、「分かりました。いつですか?」と、何事も無かったかのようににっこりと笑う。


(……組の為なら…………)


笑顔の下で、光が密かにそんなことを考えていたのは、誰も知らない。


「明後日……いや、三日後だ。九月の二十六日。この日の早朝……稽古が始まる前に、人目がつく場所で――殺れ」


殺れ、と言われても、半ば予想出来たことであったため、三者の顔色はさほど変わらなかった。光も小さく頷く。


「はい。……そこで芹沢局長ら暗殺の“真相”を触れ回れば良いのですね?」


「ああ。隊士に人気があるお前のことだ。その上、優秀な監察方ときたら、誰も疑う奴は居ねえだろう」


土方は、自分が考えた筋書きを言うと、察しの良い部下に気を良くしたのか、唇をそっと綻ばせた。


その光はというと、

「では今から、稽古に行って腕を磨いておきます。丁度、今日は永倉さんの稽古ですし、ご指南を頂いてきます」

と、涼しげな瞳に闘争の色を灯す。


「ああ、そうしろ」


「程々にしときや」


それぞれの声を背に受け、光は「では」と笑みを零すと、軽く一礼して後ずさり、土方の部屋を退出した。


部屋に帰ると素早く袴に着替え、相も変わらずむさ苦しい道場へと向かう。近付くだけで、熱の入った永倉の声が耳に伝わってきた。