新撰組のヒミツ 壱




「光」と、耳許で声がした。


首に当てられていた指は外され、腕が首に回された。優しく、壊れ物を扱うかのようにそっと、そっと抱き締められる。


「ほんまは言うたらあかんのんやけど」


耳に感じる僅かな吐息に目眩がした。


膝から力が抜けて声を上げそうになる。低く艶のある声音に、光の身体の中で何かが動いた。


ぞくりと肌が粟立つ。


「…………俺と逃げる?」


光だけがやっと聞こえるくらいの小さな声量で、山崎はとんでもないことを口走った。普段の山崎からは信じられないことを――。


(逃げる?)


光は胸の内でその言葉を反芻する。


何から逃げるのだろうか。


鬼の法度がある屯所から?
芹沢らの暗殺があるという事実から?
安寧など無い危険極まりない世界から?


思わず、口から乾いた笑いが零れた。


「……無理だよ。烝も分かってるだろ」


「……確かに。阿呆なこと言うてもうた」


鼻で自身を笑った山崎は、首を数往復ほど横に振ると、諦めたように小さな溜め息交じりの呟きを漏らす。


「――逃げられへんけど、な。
ずっと側に居ったる」