いつも仕事ばかりの山崎が、自室に居るのは珍しいことだった。しかし、光は本人から事前に知らされていたため、驚きは少ない。


「ほら、早う着替えんと、そんまんま行くで。袴着るん嫌なんやろ?」


「あ、少し待ってて……!」


声を上げた光は箪笥(たんす)まで駆けると、そこに仕舞ってある着流しを取り出す。


それは以前、呉服屋である初とその母親から贈られた着流しだった。


それは夜桜のように繊細で美しい柄であり、光の雰囲気によく似合っている。
これを選んだ女将は流石と言えるだろう。


しばらくの間、その着流しに見入った後、光は山崎が障子の外に出たことを確認して、着流しを身に着けた。


    ...
(………サイズもちゃんと合ってるな)と、口にはしないが、心の中ではこの時代にそぐわない外来語が過ぎった。


――異端者。
頭ではその言葉が響く。


本来存在してはいけない者が、本来存在すべき者の命を摘み取る。そして、存在するはずである子孫の命さえも刈る。


当時は夢なら覚めて欲しい。そう願った。


だが、浪士を手に掛けるたびに刀を濡らし、手にこびりついて取れないそれが、『これは現実世界なんだ』と主張してくる。


ならば、思うがまま生きよう。