喋るではなく、刻む。うっすらと旋律を含む声であった。
そうして高い声からして、女性なんだろう。
「こんばんは」
言ったのは渉。
黒い人に届く声であろう距離で会釈しながら言ってみせた。ただ止まることはせずに、道を譲り合った歩行者同士の軽い挨拶に近い。
「……の……れぇ」
挨拶されたら挨拶し返すのがマナーだが、相も変わらず黒い人は傷がついたCDみたく掠れた歌を口ずさむ。
「……」
不安ながらも渉に言われたので好美も会釈だけした。
会釈をする際、自然と相手側をきっちり見てしまう。
上から下へ。下から上へと、半ば黒い人を改めて見て気づいたことがある。
――赤ちゃん?
黒い人の“姿勢”は見たことがある形だった。
母親が赤子を抱いている。
抱いているのは荷物でもいいが、好美には赤子がいるように見えたのだ。


