けれども、有力な個人情報を手に入れる事はできなかった。


ハル、という名前以外。


どこに住んでいるのか、どこからやって来たのか、何も分からない。


ドリップが終わっても、コーヒーを飲む事ができなかった。


まずい。


非常にまずい事をしているような気がしてきた。


これは大事になる前に、何か手を打たなければ。


昨晩、好きなだけここに居ればいいなどと言ってしまった事を、私は後悔した。


ハルを、本来の場所に返さなければ。


捜索願いを出されるかもしれない。


となれば、いずれ私は誘拐犯で、犯罪者になる。


いや、もう世に捜索願いは出回っているのではないか。


となっていれば、私はすでに犯罪者だ。


どんな状況だったにせよ、理由はどうであれ。


「誘拐だわ」


ああ、と重い息を吐き出したその時だった。


朝の静かな部屋にポーンとまあるく広がった音は、インターフォンだった。


ギクリ、と背骨が軋んだ。


休日の朝に、誰だろう。


応答しようとボタンに人差し指を伸ばして、押す直前にハッとした。


警察かもしれない。


ハルを探して来たのかもしれない。


どうしよう。


「ハ……ハル! 起きて、ハル!」


呼んでも叫んでみても、当の本人は起きる気配ひとつない。


さっきと変わらず、新鮮な朝日が黒髪を細やかに光輝かせている。


ポーン、ポーン、としつこく鳴くインターフォン。


私は手に汗を握って、ごくりと息を飲む。