一陣の風が中庭を吹き抜けて、地面に降り積もった花びらを巻き上げ乱舞させた。


はらはら舞う桜の花びらが一枚、彼女の肩を叩いて振り向くと、廊下に青年が居て魂を抜かれたような顔で茫然と立ち尽くしていたのだという。


『それが、僕の父。鷹司一郎』


ドレスよりも断然和装が似合う、清楚ではかなげな美しいとしか言いようのない顔立ち。


春の夜風に乱舞する淡いピンク色の花びらの中振り向いた彼女の瞳。


『父は言葉を失ったそうだよ。結構酔っぱらっていたらしいんだけど、一気に醒めて正気に戻ったって』


四級という高位の認定を受けた固牢染めの。


儚げで華奢な体を包み込む、詩季衣。


黒地に、頬をピンク色に染めたような和やかな八重桜の花びらが一面に散りばめられた着物。


庭に立つ一本の木からはらはら舞い散る花びらなのか、はたまたその詩季衣の柄なのか、判別に戸惑う彼に、彼女はにわかに微笑みながら言ったという。


いかがなされましたか。


『母を見た時、その霊妙な美しさに頭が蒼白になったって。声の出し方すら思い出せなくなって、立ち尽くしてしまったって、父が言っていた』


まるで綿雪が降りしきるような桜吹雪の中、振り向いた彼女は、搾れば乳がしたたり落ちそうなほどの色白の肌をしていて。


きちりと束ねあげられた髪の毛はつややかで艶やかに、黒く。


つん、と高い鼻筋、湯上りのような桃色の頬、真っ赤な紅をさした唇。


白蛇のように細くしなやかなうなじ。


『神聖な羽衣を身にまとった天女のようだったって。もうずっと前に、父が教えてくれた。でも……』


どこからどう見ても美しい日本人形のようであるのに、ただひとつ、不均衡な瞳の色。


『瞳が水色だったんだ』